最近、「培養肉」または「クリーンミート」という言葉を見たり聞いたりしたことがある人も多いのではないでしょうか。そもそも培養肉やクリーンミートとは何でしょうか。畜産でつくられた肉とは何が違うのでしょうか。
培養肉って…何?
培養肉(クリーンミート)(Cultured Meat、Clean Meat)とは、食用を目的として、細胞培養の技術を使ってつくられた肉です。畜産肉と培養肉の最大の違いは、培養肉は家畜を飼育したり殺したりせずに肉がつくられる点です。
培養肉をつくるには、まず生きた動物から筋細胞を採取します。この筋細胞をシャーレや試験管の中でひたすら細胞増殖をさせていくと肉片ができあがります。筋細胞を増殖させるにはウシ胎児血清を使用した培養液が必要ですが、この血清が非常に高価なため培養肉量産化のハードルとなっています。(牛の胎児1頭から取れる血清で1kgの肉しかつくれないとの試算もあるようです。)因みに2013年にロンドンで開催された培養肉の発表会では、ビーフパテ1枚をつくるのに「330,000USD(約3,500万円)」の費用がかかったようです。(参考:ワシントン・ポスト紙)
培養肉は工業化された畜産業の持続可能性や、家畜の扱われ方を疑問視する声から生まれてきました。本来は人が食べられる穀物を大量に消費する家畜、身動きが取れない劣悪な環境で飼育される家畜、家畜の飼料用穀物をつくるために伐採される広大な森林…。このような畜産業のありかたを変えたいという開発者たちの想いによって培養肉の研究が進められています。
また、上述の通り培養肉の生産は細胞培養技術がベースになっており、無菌操作がなされた環境でつくられています。畜産でつくられた肉と比べて、培養肉は大腸菌などの細菌による汚染の危険性が極めて低い環境でつくられます。以上の背景から培養肉は(地球環境的にも衛生的にも)「クリーンミート」と呼ばれています。
培養肉の歴史
培養肉の研究開発は2000年頃から盛んになってきました。最近の10年間でスタートアップ企業が多く誕生し、培養肉の商品化も間近といわれています。時系列で培養肉の歴史をたどってみます。
1999年
- オランダ人のウィレム・ファン・エーレン(Willem Van Eelen)が培養肉生産の特許を取得。
2002年
- モリス・ベンジャミンソン(Morris Benjaminson)率いるニューヨークの研究チームが金魚の筋細胞を体外で成長させることに成功。(論文)
2004年
- ジェイソン・マシーニ(Jason Matheny)が培養肉生産研究を支援する非営利組織「ニュー・ハーベスト(New Harvest)」(アメリカ)設立。
2009年
- オランダ人のマーク・ポスト(Mark Post)がマウスの筋肉の試験管内培養に成功。
2011年
- アンドラス・フォーガッシュ(Andras Forgacs)が初の培養肉スタートアップ企業「モダン・メドウ(Modern Meadow)」(アメリカ)を設立。
- ジョシュ・バルク(Josh Balk)とジョシュ・テトリック(Josh Tetrick)が「ハンプトン・クリーク(Hampton Creek)」(アメリカ)(現在「イート・ジャスト(Eat Just)」に改名)を設立。
2013年
- マーク・ポストが世界初の培養肉を使ったハンバーガーを発表。(参考:エコノミスト誌)
2015年
- マーク・ポストがスタートアップ企業「モサ・ミート(Mosa Meat)」を設立。
- アメリカのスタートアップ企業「クレヴィ・フーズ(Crevi Foods)」(後に「メンフィス・ミーツ(Memphis Meats)」に改名)が設立。
- 日本のスタートアップ企業「インテグリカルチャー(IntegriCulture)」が設立。
- ハンプトン・クリーク(イート・ジャスト)がウィレム・ファン・エーレンの特許を買収。
2016年
- メンフィス・ミーツが世界初の培養牛肉ミートボールを発表(参考:ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。
- アメリカのスタートアップ企業「フィンレス・フーズ(Finless Foods)」が設立。
2017年
- メンフィス・ミーツが世界初の培養鶏肉/鴨肉を発表。
- カーギル(Cargill)がメンフィス・ミーツに出資。
2018年
- タイソン・フーズ(Tyson Foods)がイスラエルの「フューチャー・ミート・テクノロジーズ(Future Meat Technologies)」に220万USDを出資すると発表。
2019年
- カーギルがイスラエルのスタートアップ企業「アレフ・ファームズ(Aleph Farms)」に出資。
- インテグリカルチャーが世界初の「食べられる培養フォアグラ」の生産に成功(参考:インテグリカルチャー)。
2020年
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- ソフトバンク、カーギルなどがメンフィス・ミーツに出資。
- シンガポールが国として初めてイート・ジャストの培養鶏肉の販売を承認(参考:CNN(日本語)、BBCニュース(英語))。
培養肉の課題と展望
上述の通り生産コストに課題がありますが、2016年にメンフィス・ミーツが発表したミートボールは1,200USD(約13万円)まで価格が下がっており、今後の更なる低価格化と生産効率の向上が期待されます。低価格化と生産効率の向上のために必要なのが、新たな培養液の開発です。そもそも、上述の通り家畜に依存しない肉の生産を目指しているにもかかわらず、培養液にウシ胎児血清といった動物由来の血清を使うのは道理に合いません。ビール酵母など、動物由来の原料は一切使わない植物由来の培養液の開発が進められています。
また、生産コストは当然重要な課題ですが、消費者に受け入れられる製品を開発することも非常に重要な課題です。現在の技術ではせいぜい挽肉がつくれるだけで、食べごたえのあるステーキをつくることはできません。細胞増殖でつくられた肉には血管がなく、中心部分まで栄養分が行きわたらないため細胞が壊死してしまうからです。この問題点に対して、東京大学の竹内教授の研究室と日清食品が「培養ステーキ肉をつくる」を目標に共同研究を進めております。
大手食品メーカー、スタートアップ企業、食肉メーカーが培養肉の開発に本腰を入れるのには、畜産業界を根底から変革し、食品業界のサプライチェーンへ大きな影響があり、社会問題までも解決する可能性を秘めているからです。具体的には畜産肉を培養肉に切り替えることによって、以下のような多くのメリットがあると考えられます。
- 森林破壊の抑制
- 気候変動問題の効果
- 食糧安全保障問題の効果
- 疫病の予防
- 食品衛生問題の改善
- 健康問題の改善
- 家畜に対する動物福祉問題の解決
- 新たな食文化の創出
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かの有名なウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)は以下のように予言しました。
「ホルモンと呼ばれるもの、つまり血液中の化学伝達物質についての知識が深まれば、成長を制御することが可能になります。胸肉や手羽肉を適切な媒体下で別々に成長させることで、それらを食べるために鶏一羽を丸ごと育てるという不条理から逃れることができます。」(参考:スミソニアン誌)
果たして、生産コストの課題を克服し、消費者に受け入れられる製品を開発し、政府の認可を得て、培養肉が市場に出回る日が訪れるのでしょうか。